福祉文化書評 『介護保険施設・事業所のための 〈新人職員〉教育研修プログラム・レシピ』

著者:河内正広
単行本: 345ページ
出版社: 経営書院 (2016/2/17)

「介護離職ゼロ」を掲げるまでもなく、団塊の世代が75歳を迎える2025年の超高齢社会には、38万人の介護職者が不足するとの予測がなされ、介護職員の新規参入と定着は今や日本社会の重大かつ喫緊の課題である。介護職に多くの人が就業してもらうには、仕事の意義と面白さ、楽しさをより深く知ってもらうことが大切で、仕事のスタート時における「新人職員教育研修」が重要になることはいうまでもない。しかし、介護現場では「人手不足で研修どころではない」あるいは「研修したくても人材がいない」との声が少なくない。そのような問題を認識し、「誰でも・どこでも・すぐ使える」研修プログラムの提供を目指したのが本書である。

最初に使用上の注意点やポイントが書かれており、序章には一般的な職員教育研修の概要が紹介されている。次に、第1章では年度初めに行われる「新人職員オリエンテーション研修」の本編が、第2章では、そのテキストが紹介される。以下3章から8章までは「新人職員フォローアップ研修」の内容が6月、10月、3月の3回に分けて、それぞれ本編と資料編で解説される。最後の9章と10章では、施設・事業所のための「教育研修システム(体系)診断」が掲載されている。

本書の特徴は、なにより「誰でも・どこでも・すぐ使える」点である。題名にあるように、料理のレシピ本に似せて、講師がレクチャーするセリフ(料理本でいう「作り方」の部分)と、テキストとなる配布資料(料理本でいう「材料」の部分)に分けて記載される点はわかりやすく、その台本どおりに行えば、研修の講師として未経験者でも、何とか講義を進めることができそうに思われる。教育担当者の訓練用として用いるなら、講習の組み立て方や進め方を短時間に理解させることができよう。

プログラムの中で目立つのは、自己診断のエクササイズを多用して受講者の自己理解を促進させていることである。また、ペアやグループでのエクササイズを多く設定して、他者との関係の理解が進むよう配慮している。さらに、シェアリング(分かち合い)により自己覚知・他者存在の認識を深め、ケアの面白さを実感させるように配慮している。ケア職者の教育研修の基本は、自己理解であることがしっかりと踏まえられている。

著者の河内氏は、日本福祉文化学会の発足当初からの会員で、1975(昭和50)年に(財)日本老人福祉財団に入職し、以来、有料老人ホームのさきがけである「ゆうゆうの里」の施設長や理事を歴任し、その後は、浜松市に本部をおく「医療法人社団・社会福祉法人 白梅会グループ」の教育研修担当を続けている。著者の長い経験の蓄積が煮詰まって、現場の研修ニーズに即した本づくりに結集したと言ってよいだろう。

よく考え抜かれた本ではあるが、逆にそこからいくつかの疑問点も指摘することができる。プログラムが緻密に、隙間なく構成されているので、受講者は「やらされている」という感じを持つのではないという点が一つ。また、時間が細かく決められ、しかも時間の設定が短めかつ窮屈であり、特にエクササイズでは分刻みで設定されているために、相手とのやりとりを十分に行ったり、自分の考えをまとめたりするための時間が少なくて、余裕を持った自由な思考が妨げられる恐れがあるという点も危惧される。

とはいうものの、本書は介護現場で役立つだけでなく、大学や専門学校の教育研究者にとっても現場でどのような研修が行われているかを知るための貴重な資料になるだろうし、生徒の学習プログラムにも応用できる。現場で生かすことが主要な目的であるノウハウ本には違いないが、9章・10章で示される「教育研修システム(体系)の診断」などは、研究者としての著者の姿勢がかいまみえる。本編全体を通して、実践と研究の両面から、研修プログラムの深化と発展を追求する方策が見えてくる。  (書評者:薗田碩哉)

 

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